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テレビを見てもネットを見てもコロナ、コロナの毎日ですね。
YouTubeでさだまさしさんの「緊急事態宣言の歌」というのを見つけました。
緊急事態宣言が出されたその日に作って歌ったようです。
この日はさだまさしさんのお母さんの命日でもあったそうです。
歌の中で、自分の命を守り大切な人を死なせないために、ウイルスに負けないように行動しようと呼びかけています。
そして人々の命や生活、インフラを守るために働いている人々への感謝の気持ちを歌っています。
みんなが一つになって頑張ろうと訴えています。
是非多くの方に聴いていただきたいと思い紹介します。



長い歌詞ですが大切なことが詰まっているのでこちらも紹介します。

緊急事態宣言
緊急事態宣言の夜に様々な思いに悩んだ末に
一筆啓上つかまつる 乱筆乱文御免蒙る

お前のおふくろ死なせたくないんだ
本当に誰も死なせたくないんだ
俺たちがウイルスに侵されないことだ
今何よりもそれが俺たちの戦い
元気なようでもかかっているらしい
今度の悪魔は誠にいやらしい
ウイルスを周りにまき散らさぬように
自分を疑え まず自分を疑いたまえ
家を出るな もっと臆病になれ
出ないで済むなら決して家を出るな

でも出なきゃいけない仕事がある
警察、消防、郵便、宅配、コンビニ、薬局、スーパー、自衛隊のみんな
生活、インフラ守人たちに
感謝をささげて無事を祈るばかり
頑張れって ありがとうって
ありがとう がんばろうねって

ふとすれ違う見知らぬ誰かも
嫌いなあいつも好きなあいつも
大切な命が必ずあるだろう
本当に誰も死なせたくないんだ
仕事を失ってみんな悔しい
どうにか生きてくれと祈るばかり
文句をいうのは生き延びた後だ
手を洗え手を洗えとにかく手を洗え

身勝手な人からクレーム受けても
黙々と黙々と黙々と
人のために今日も戦ってくれてる
ゴミ処理、銀行、水道、電気
ガス、公共交通機関のみんな
お医者も看護師も命がけで
命がけで医療に関わる全ての人たちに
ありがとうしか言葉にならない
ありがとう頑張るからねって

お前のおふくろを死なせたくないんだ
大切な人を亡くしたくないんだ
今ひとつになろうひとつに
がんばれがんばれがんばれ病院!
がんばれがんばれがんばれ子育て!
がんばれがんばれがんばれ老人!
がんばれがんばれがんばれ若者!
がんばれがんばれがんばれニッポン!
がんばれがんばれがんばれ!
がんばれがんばれがんばれ!
がんばれがんばれがんばれがんばれ!


さだまさしさんはこの歌と同時にご自身の公式サイト「ひとりごと」に「緊急事態宣言に今思うこと」というメッセージを書いています。
要約しますと
まず医療関係者や生活やインフラを守るために働き続けている人々への感謝の気持ちを述べています。
そして「新型コロナウィルスとの戦いは『戦争』と同じということです。
しかし国同士が争う『戦争』と決定的に違うことはこの病魔との戦いは「私たち国民」の力だけで乗り越えることができる(また、乗り越えなければならない)ということです。」
「不平不満、恨み辛みを超えて互いを励まし合い自分の健康を守ることで、大切な人の生命を護ることを優先しましょう。」

と述べています。
少し長い文ですがこちらも是非読んでいただきたいと思います。

さだまさし ひとりごと








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ついに緊急事態宣言が出されました。
昨年気象庁から何度か出された特別警報、
「直ちに命を守る行動をしてください。」
を思い出しました。
コロナウイルス問題は、ある意味津波や大雨などの自然災害と似たところがあると思います。
「津波が来るから直ちに逃げてください。」と言われたらまずは逃げること、命を守ることが第一です。
「堤防を造らなかったのが悪い」とか「店を失ったら保障はどうしてくる」などは後回し、とにかく命を守ること、被害の拡大を防ぐことが第一です。
コロナウイルス問題もこれと同じだと思います。
まずは自分と家族の命、多くの人の命を守ること、被害を出来るだけ食い止めることが最優先、命を失ってしまったのでは補償も経済もあり得ません。
コロナウイルスは人から人へと感染するのだから、人に近づかず、人と接触さえしなければ防ぐことが出来るはず。
「人に近づかず、人に接触せず、密閉、密室、密接の3蜜を避ける。」
これが自分に出来る唯一の方法で、自分と周囲の人々の命を守る唯一の方法だと思います。

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(写真は私が良く散歩する「森のさんぽ道」本文との直接の関係はありません)
自然災害の時もそうであったように、緊急事態、外出自粛の中にあっても人々の命や生活を守るために、自分の危険をも顧みず外へ出て仕事をしなければならならない方や人と接しなければならない仕事に従事している方もたくさんおられます。
そのような方の危険や負担を軽減するためにも、一人一人が、そして社会全体が、人に近づかず、人に触れず、3蜜を避けての生活に心がけることが大切だと思います。
繰り返しますが、コロナウイルスは人と人とが接触しなければ感染しないのですから。

このことによって暮らしや経済に大きな被害がを受け、多くの人々の生活が困窮することも明らかです。
自然災害の被災者に対する救済や補償が必要であると同様に、コロナによる被害や困窮に対しても救済や補償が必要なことはいうまでもなく、政府や関係機関はこれにしっかり取り組んでいただかなければなりません。
しかし今はそのことが示されなければ避難しないなどと言っている場合ではないと思います。
今一番大切なのは、命を守る行動をすること、3蜜を避ける行動だと思います。

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自分の命を守るのは自分、周りの人の命を守るのも自分、社会を守るのも自分、ひとりひとりの行動によって、みんなの力でなんとかこの難局を切る抜けたいものです。



毎日暗いニュースばかりで気がめいってしまう昨今、どうな心構えで生活すれば良いのか、「コロナに負けないために大事な5つのこと」
という記事をネットで見つけました。
コロナの感染拡大を防ぐ方法ではなく、コロナによる不安な社会での生き方を主にメンタルの面から書かれたものです。
とても大切なことが書かれていると思い概要を紹介します。
(1) Stay Healthy(体力・免疫力を保とう)
そのためには、睡眠・栄養・運動
外出自粛中も健康維持のための散歩やジョギングはOK。3蜜を避けた場所や時間を選びましょう。

(2) Stay Positive(ポジティブな気分でいよう)
暗いニュースが多いですが、明るいニュース、明るい話題、心温まる話題を探しましょう。

(3) Stay Connected(つながりを保とう)
人との接触を避けながらも人とのつながりを保つことが大切。SNSやメール、電話などでつながりましょう。

(4) Stay Thankful(感謝の気持ちを忘れずに)
人々の命と生活を守りために働いている方々に感謝、3蜜にこころがけて日々の生活を送っている人々に感謝。
周りの人に感謝し無事を祈りましょう。

(5) Stay Focused(大事なことは考え続けよう)
本当に大切なものは何なのか?
今回の危機が去ったのち、どういう社会や地域になっていってほしいのか?などを考える。考え続ける。

筆者は最後を次のように結んでいます。
「私が今いちばん恐れていることは、いったん危機が去ったら、ほとんどの国が、企業が、猛烈な勢いで「経済成長」にアクセルを踏むであろうことです。その加速をもたらしうるガソリン(資金)が十分に供給されているとしたら、このことが地球環境にもたらす悪影響は計り知れないほど大きくなるのではないか。」
詳しくは
「コロナウイスるに負けない大切な5つのこと」
をご覧ください。

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私も同じように思います。
コロウイルスの問題では地球が一つ、世界や人類が一つの繋がっていることを改めて思い知らされました。
これが社会の在り方や人間の生き方について考える契機になってくれればと思います。


コロナウイルスの感染がますます深刻化してきました。
不要不急の外出の自粛など行動の制限が求められていますが、諸外国に比べると日本はだいぶ緩やかなようです。
先日シンガポール(だったと思います)で、ジョギングをしていた日本人を含む数人が逮捕されたというニュースを目にしました。
日本の現状から見ると驚きです。

ネットで「コロナウイルスを2週間で解決する方法」という記事を見つけました。
世界中の人に2週間分の水と食料を与え、その期間は自宅から1歩も外へ出ないようにする。
2週間後、コロナ感染者がいなかった家族は何の変化も無く、コロナウイルスも存在しない。
感染者が1人でもいた家族の場合は家族の一部または全部が感染する。
感染した家族の大部分は軽症で自然に治癒する。
一部は重症化し、死に至る人も出る。
死によってウイルスも増殖できなくなり、ウイルスはいなくなる。
したがって2週間後にはコロナウイルスは消滅する。

なお、この方法は計算上のもので、現実には不可能とも書かれていました。
詳しくは
 「コロナウイルス問題を2週間で解決する方法」 をご覧ください。

この記事の方法は計算上のことで実現は不可能だが、この中にコロナウイルス問題解決の根本原則がると思います。
ウイルスは人から人へ感染するものなので、「人と人とが接近しなければ防げる。」ということです。
ぽつんと一軒家の住民が周辺の林の中を歩き回っても、感染することも感染させることも無いでしょう。
外出の自粛や禁止は、外出そのものが問題なのではなく、人と人との接近、接触を避けることが目的のはずです。
外出の自粛というよりは、「人と人との接近や接触は出来るだけ避けて行動する」といった方がわかりやすいかもしれません。

そうはいっても、社会は人と人との繋がりによって成り立っているもの、医療、介護、保育、治安、その他各方面で多くの方が人と接する仕事をしてくださっていることによって社会は守られ成り立っています。
まずはそれらの方々に感謝です。
そのうえで人と人との接近や接触は最小限にとどめることが、自分を守り人を守る上で大切ではないかと思います。
不要不急の外出の自粛は、不要不急の人との接近や接触は自粛と考えても良いと思います。

私は人との接近や接触につながる電車釣行は自粛していて、2月以降は電車での移動はしていません。
釣り場は密閉でも、密集でも、密着でもないので危険では無さそうですが、移動手段が問題です。
車での単独釣行なら大丈夫なのかもしれません。

でも、伊佐沼への自転車散歩と、森の散歩道など人のほとんどいないような場所へのウオーキングは続けています。
昨日行った森の散歩道の写真です。
不要不急の外出になるかもしれませんが、こんなところなら問題無さそうです。

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森のさんぽ道の入り口
散りかけの桜がまだ頑張っていました。

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広大な林の中にいくつかのウオーキングコースがあります。
 
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ほとんど人の姿はみられません。
散歩をしている人が何人かはいますが、数メートル以上離れているのでお互いに安全、安心です。

電車釣行は当分自粛になりそうです。
コロナ問題が1日も早く終息することを祈るばかりです。
でも祈っただけでは止められません。
「人との接近、接触を出来るだけ避けること」
みんなが、それぞれの立場と方法でこれを実行すれば終息へと向かうはずです。
ここしばらくの辛抱です。
コロナ問題が終息したら釣り友は皆で濃厚接触です。
その日まで頑張りましょう。
どうぞ皆様もくれぐれも体に気を付けてお過ごしください。

2020年1月13日(火)

今日は成人の日、新成人への思いを少し書かせていただきます。
(今日の伊佐沼の写真を何点か入れましたが成人の日の文との直接的な関係ありません)

成人の日を迎えられた皆さん。
おめでとうございます。

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このブログを始めたのは今から10年以上も前、ブログを始めてから数年の間に多くの釣り友と出会いました。
中・高生の釣り友も多く、当時は一緒に釣りをしていると「お孫さんですか?」と聞かれることが多かったので、これらの若き釣り友を「孫」と呼んでいました。
その「孫」たちも進学や就職など、それぞれの道へと進み今では一緒に釣りをする機会はほとんど無くなりました。
多くの「孫」たちはすでに成人となり、大学生あるいは社会人となっていますが、今日成人の日を迎えた「孫」もいるのではないかと思います。
当時は小、中学生だったナオヤくん、江東区の釣り人さん、釣り小僧さんなどの「孫」を思い浮かべて、彼らもそろそろ成人式かな・・・などと思ったりしています。

私の成人式は60年ほど前のこと。
ということは、もう60年近くも大人として生きてきたことになる。
大人って何だろう。
5年前の成人の日のブログに次のような記事を書きました。
今年もまた同じ思いを伝えたいと思いコピペです。


大人ってなんだろう。
この歳になって考えてみると、大人とは「人の為になにかが出来る人」だと思う。
子供は親や周囲の人から何かをしてもらい、自分自身のことだけで精一杯。
だんだんと周りの人に何かをしてあげられるようになって、大人へと成長する。
人のためにしてあげられることが多い人ほど豊かで幸せな大人ではないかと思う。

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私は人にしてあげられることが少ない。
釣りが下手なので、せっかく誘ってくださる方に教えて上げることなど出来ない。
魚のこともあまり詳しくないので魚の名前を聞かれたも答えられないことが多い。
面白い話も、役に立つ話もあまり出来ない。
せっかく誘ってくださった釣友にしてあげられることが少ないことを申し訳なく思う。
してあげられることをもっとたくさん持っていれば、もっと楽しくもっと有意義な付き合いが出来るのに・・・と思う。

大人になって、さらに成長するとは人の為に出来ることをだんだん増やしていくことだと思う。
彼女が出来たとき、彼女にしてあげられることが少ないのは悲しい。
家庭を持ち、子供が出来た時に子供や家族のために出来ることが少ないのは悲しい。
友達のためにしてあげれれることが少ないのは悲しい。
もし先生になったら、生徒のためにしてあげられることが少ないのは悲しい。
会社や社会のために出来ることが少ないのは悲しい。
大人になるにしたがって、自分の力の無いことの悲しさ辛さを味わうものです。

彼女のため、子供のため、家族のため、会社のため、社会のため・・・・・
人のためにしてあげられることを少しづつ増やしていきましょう。
人のためにたくさんしてあげることが、自分がたくさん幸せになることだと思います。
人のためにしてあげられることをたくさん持った大人、豊かで幸せな大人へと成長を続けてくださいね。

自分は何も出来ないのに上から目線みたいでゴメンナサイ。

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今年は1つ付け加えたいことがあります。
最近気になって来たのが地球の環境問題です。
地球の温暖化と海洋の汚染。
昨年はこれまでに無かったような台風が関東を襲いいくつかの釣り場が閉鎖されてしまいました。
そして海にはマイクロプラスチックゴミが漂い、このまま増加すれば2060年には海の魚の量を上回るとも言われています。
この美しい自然を孫たちの未来に残せるのだろうか?
魚のいる海が孫たちの世代まで残っているのだろうか?
心配になってきました。

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そんな中で海や自然を守ろうとする若者たちの活動が心を明るくしてくれます。
ツイッターなどで見かける釣り場で清掃活動をする若者たち。
毎日海のゴミを拾っている少年を紹介したテレビ番組。
そしてグレタさんの活動。
若者たちのこうした活動には共感と感動を覚えます。
こうした若者がいるのだから未来は大丈夫だと思えてきます。

そして思いました。
仮にゴミを捨てる人が一人もいなくなれば、海洋ゴミの増加は食い止められ魚のいる海を残せることになるのだと。
そしてそれは誰にでも出来ることなのだと。

「ゴミを出さない&ゴミを拾う。」
これなら私にも出来そうです。

釣り友第1号だったCOCOさんとの共催で「一緒に釣りをしましょう会」という釣り大会をやっていた頃、当時高校生だったCOCOさんがスケジュールの中に必ずゴミ拾いの時間を設けていたことを思い出しました。
新成人の皆さんも、皆さんの子供、そして孫に魚のいる海を残すために出来ることをしてくださいね。


私は歳をとり、人のためにしてあげられることが増えるどころか減ってきているのかも知れませんが、地球を汚さないように気を付けながら残された人生を過ごしたいと思っています。


伊佐沼には今日も大きなカメラを構えた人たちが来ていました。

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そして、「ミサゴ」というとても珍しい鳥が来ていると聞きました。
指さす方向を見ると、はるか上空の彼方を飛んでいる鳥がかすかに見えました。
魚を捕食する鳥で魚鷹とも呼ばれているそうです。
魚を捕りに降りてくるところを撮ろうと狙って待機しているようです。
私のカメラは60倍ズームのコンデジ、このカメラでは無理だろうと思いながら、上空にカメラを向け少し近づいたところでシャッターを押してみました。

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何とか鳥の形を撮ることが出来ました。
伊佐沼上空を回りながら遠くへ行って見えなくなったり、また見えてきたりを繰り返していましたが、降りて来そうにはないので退散。
今年になってからの伊佐沼は、珍しい鳥が次々と来ているようです。




3年ぶりで伊達市へ

父母の年忌法要のため、10月21日から3泊で郷里である北海道伊達市へ行ってきた。
新幹線で行くのは今回が初めて、午前8時に川越を出て午後2時過ぎに伊達市到着。
空港までの移動などを考えると、列車の方がずっと楽だった。
今から60年ほど前、青函連絡船と夜行列車を乗り継いで24時間かけて上京したことを思うと天と地の差だ。

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(ダテプリンスホテルの窓から見た有珠山と昭和新山)

伊達市は有珠山、昭和新山が近く、中学生の時は遠足コースでもあったし、昭和新山は「獅子のごとくにつくばいて噴煙白くなびきたる・・・・」と校歌にも謳われていた懐かしい山だ。
2000年の有珠山噴火時はその灰が伊達市にも降ったそうだ。
伊達市は仙台亘理藩主伊達邦成とその一族が開墾した町、私の先祖もその一員であり曾祖母が4歳の時移住したと聞いている。
「明治3年我が祖母は 慣れし故郷を振り捨てて・・・・」これも小学校の校歌の一節だ。

ポツンと一軒家

郷里の我が家
(グーグルマップの航空写真)

森の中にポツンとある赤っぽい屋根が私の生家だ。
これを見ると、テレビ番組の「ポツンと一軒家」に出てくる航空写真さながら、ここにも取材に来ないかなと冗談で思ったりもする。
しかし、テレビで見るポツンと一軒家とは違い市街地からは1~2キロしか離れていない。
私が住んでいた60年前は農業中心の町だった。
その後市街化が進み住宅が増え道路も整備されたが、この一角が取り残されてしまったのだ。


法要と墓参を済ませた翌22日、生家へ行ったみた。

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この道が我が生家の入り口。
雑木林の向こうに家がある。


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おっ!屋根が見えてきた。
これも「ポツンと一軒家」でよく見る展開だ。

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これが私の生家。
明治28年に建てられてものなので124年が経っている。
私は18歳までをこの家で過ごした。
当時は茅葺きの屋根だったのだが、傷んだためにトタンを被せてあり、現在はこの家の一部に義弟が一人で住んでいる。
昔の農家は皆このような造りだったが、今は近代的な家に建て替えられて古い家は残っていない。
開拓当時を偲ぶ数少ない貴重な家ではないだろうか。
だいぶ老朽化して傷んでいるので、いずれは取り壊さざるを得ないと思うのだがちょっと寂しい。
こんなポツンと一軒家に住みたいという人が現れないかと思ったりもする。

60年振りの再開

私は中学校を卒業するとすぐに町の小さな電気店で働き夜間高校へ通った。
25~30歳くらいの若い夫婦が経営する店だった。
その店で働きながらラジオやテレビの技術を学んだ。

伊達紋別駅を出て電気店のあった場所を通りかかると、今もその店の看板が出ていた。
大きな量販店に押されて、小さな町の電気店が消えていく中にあって、今でもその店が続いているのには驚いた。
当時の店主はすでに亡くなり、子供が後を継いでいると聞いている。
私が勤めていた当時に生まれた子供なので、もう60歳くらいになっているだろう。
懐かしいので帰りにでも寄って見ようかなという考えが頭の隅を過ぎった。

24日、帰りの特急に乗るべく伊達紋別駅へと向かう。
電気店の前に来ると、背格好に見覚えのある年配の女性が立っていた。
「Sさんではないですか?」と声をかけてみた。
「はい、Sです。」
何と!私が中学を卒業して初めて勤めた電気店の奥さんその人だった。
88歳になった今でも元気で電気店の店番をしているという。
60年振りで偶然にお会いし、この店で働いていた昔を懐かしく想い出した。

帰途

伊達紋別駅からスーパー北斗で新幹線北斗へ
そして、新幹線はやぶさ38号で大宮へと向かう。

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はやぶさ38号



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新幹線の中で食べた「かにめし」が美味しかった。

午後10時頃無事帰宅。
北海道は寒いのではないかと、厚着をし冬物を持って出かけたのだがポカポカの暖かさの3日間。
無事法要を終え、親戚や友人、そして思いがけない人との出会いもあった3泊4日の旅でした。